2015/10/17

快晴のバスツアー越前朝倉遺跡・永平寺めぐり(荒屋団地シニアクラブ)

荒屋団地シニアクラブは会員相互の親睦を図るため、10月14日(水)越前朝倉遺跡・一乗谷滝・永平寺・越前竹人形の里めぐりのバスツアーを開催しました。
バスは金沢市福祉バスを利用し、午前8時30分いつもの乗車場所である協和工業前を出発しました。
福祉バス利用条件は25名以上となっていることから、参加者募集でその条件がクリアーできるか心配でしたが、28名の参加者となって開催でき、執行部としては胸をなでおろしました。
バスは東インターから北陸自動車道に入り、澄み切った秋空のもと快適に走行しました。
発掘調査に基づき復元された建物群
朝倉氏の歴史を学ぶ
一乗谷朝倉居館のシンボル
遺跡発掘調査は100年かける・・・と地元の人が

 
一乗谷滝入り口の佐々木小次郎像
小次郎が燕返しを習得した一乗谷滝
皆で楽しい昼食
これに越前そばが追加され「とてもおいしかった」と好評
永平寺へ
平日なのに多数の参詣者があった
寺院内は至る所に長い階段が
竹人形の里へ
秀作の竹人形がずらりと展示されていた

午後5時30分、全員無事に帰着しました。
 シニアクラブは7月にも七尾、能登島方面にバス旅行を開催しました。
金沢市福祉バスは年2回利用できることから、参加費は3000円と低廉に設定できます。
福寿会からシニアクラブに名称を変更し、一層の活動活性化に取り組んでいるところであり、おぐら座観劇会も大好評でした。
12月には片山津において忘年会を計画していますので皆さんの積極的な参加をお待ちします。

2015/09/29

金沢おぐら座 大衆演劇 観劇会

シニアクラブで、9月29日金沢おぐら座で大衆演劇の観劇会を開催致しました。これはシニアクラブの行事の多様化の一端として初の試みでした。
タクシーの準備もしていましたが、お天気もよく、皆さんは各自、劇場に集合を致しました。今月の公演は、劇団花月 一条 こま 千秋楽公演でした。

17名の会員の方が、この公演を観劇をしました。ここでの常設劇場は、金沢ヘルスセンター以来ではなかろうかと思いますが、平成21年に食品スーパーの建物の後でこけら落としがあったとのことですから、6年を経過しています。
皆さんも当時みられた方もおられましたが、劇場が大きくなっているのに驚いたようです。現在は、約200名の収容だそうです。

千秋楽で、劇場主一家も飛び入り参加をあり約3時間の公演を堪能致しました。ちょっとホームページやfブログ、facebookの更新がされていませんが、この劇団の昨年の公演記録がアップされていました。


近くで、手軽の楽しめる娯楽の大衆演劇ですので、楽しめるかと思います。

金沢 おぐら座 ホームページ  こちら http://oguraza.com/top.html

劇団 花月  昨年の公演模様 facebook  芝居小屋金沢おぐら座

シニアクラブの次の行事は、すでにご案内のとおり、永平寺、一乗谷朝倉遺跡 のバス旅行です。多数の皆さんの参加をお願いいたします。



2015/09/19

荒屋悠々サロン開設9周年を祝う

荒屋悠々サロンは平成18年9月に旧集会所で産声をあげてから、今回(第94回)で創設9周年を迎えました。
発足当時、千坂校下のサロンは千坂地区社会福祉協議会所管の「たんぽぽ」のみであり、町内から参加するには高齢者にとっては近くて遠い存在でした。
町会はコミュニティの強化を如何に図るか思索中で、「向こう三軒両隣が復活するまちづくり」のスローガンを定め、先ず手始めに町会役員が講師となってパソコン教室の開設をした頃、二人の女性が町会長宅に訪れ、「町内にサロンを設置したいが町会の支援をお願いできるか」と申し出があったことから、「コミュニティ強化の一環としてサロン設置は大賛成、経費の助成も検討する」と町会の意思を伝え、千坂地区敬老の集いがあった次週に第1回が開催されました。
9周年を迎えた本日(9月19日)、開催場所を荒屋会館からレストラン「梅の花」において食事会を実施することになりました。
送迎のバスは定員25名なので、スタッフの車2台で8名の全33名が参加しました。
4月から金市団地からサロンに参加されるようになり、今回は5名の皆さんが加わりました。
土居本代表のあいさつから開始された
参加者の皆さん その2
参加者の皆さん その3
参加者の皆さん その4

会館以外の場所で開催されるのが今回が初めてとあって、食事しながらの会話が大いに盛り上がりを見せました。
中屋顧問のあいさつで「健康寿命を伸ばすにはこうした機会に積極的に参加し社会交流をすることが一番効果がある」と述べられました。
ある人から「社会体育大会に参加したいが歩いて行くには遠すぎるのであきらめた」という声もあがりました。町会の予算事情が許されるなら、送迎バスの配慮があればいいのだが・・・と、そんなことが頭をよぎりましたが・・・。
「地域のコミュニティは先ず集まることだ」と地域社会学専門の金大教授の話がありました。
そうした意味で、今回の9周年記念「食事会」は高齢者のサロンという位置づけを超えて、地域活性化の一助となったものと考えられます。





2015/08/25

第19回千坂校下防災訓練 ~二次訓練について~

二次訓練が行われる千坂小学校に向けて、午前8時30分に訓練参加者の住民、小学生、保護者の合計80名が梨野副会長に先導され、金市やすらぎ公園を出発しました。その10分前に、中山町会長、谷・渡野副会長、当田相談役の4名が、公民館2階ホールで行われる「避難所運営ゲーム(HUG)」講習会に参加する為、早めに出ました。

80名の一行は8時50分に到着、小学生と保護者は決められた教室に入り、後の皆さんは体育館に集合、大会長である西田町連会長の挨拶、谷内防災士による訓練開始宣言の後、各々の訓練が始まりました。
グラウンドでは、初期消火訓練として消火器、水消火器、バケツリレーや煙中体験訓練が行われ、公民館駐車場では消防ポンプ車の見学(児童に大人気でした)やはしご車の試乗体験訓練が行われました。
また、小学校2階会議室では、小学生を対象とした応急処置訓練やAED講習がありました。公民館の2階ホールでは、9時から北陸学院大学の准教授である田中純一先生の「避難所運営ゲーム(HUG)」講習会が開催されました。当町会からの4名を含め、約50名の方が参加されました。
高崎防災士の挨拶の後、講習会が始まりましたが、矢継ぎ早に提示される避難事例に対して、瞬時に対応し避難所を運営していかねばならない困難さに最初は戸惑いましたが、終了間際になると、ようやく慣れて行う事が出来ました。

先生曰く「常日頃から訓練を行っていなければ、災害が発生した時にパニックになって絶対できない」と、避難所の運営一つをとっても、大勢の避難者が押しかけ、それぞれに色々な問題(持病、乳幼児、高齢者、身障者、ペット他)を抱えている事に対する配慮や処置、市役所、警察、消防署からの指示、要請等にも適宜に対応しなければならない難しさ等々、短期間のうちにグループ全員がパニック状態に陥ってしまいました。
今回の講習会では避難所運営の組織つくり、順序立てた采配や指示、迅速な行動等貴重な体験をさせて頂きました。しかし、当町会から参加の皆さんはグループの中心となって、困難な諸問題を的確に処理されていました。
横から見ていても頼もしく感じられました。この講習会を機会があれば、当町会でも実施したいと思います。午前10時20分に講習会が終わり、30分から11時まで体育館で田中先生による講演が行われました。

東日本大震災の救援に行った際の体験談も交えてのお話でしたが、大変参考になりました。最後に駅西消防署森本出張所の副所長さんから講評を頂き、11時10分に解散となりました。

 当町会は校下23町会中、4番目に多い35名の訓練割り当てがあり、色々な訓練に大勢の方が参加できました。この事は、他町会に比べても大変有難い事と思っています。様々な訓練を体験する事は、「いざ!」という時の備えにもなります。

11月8日(日)に予定している当町会防災訓練には、「避難所運営ゲーム(HUG)」講習会をはじめ、AED操作体験や車いすや担架による避難訓練、各種防災グッツの紹介や即売会、子供達によるアルファ米の炊き出し訓練等を実施したいと考えていますが、谷内・土居本両防災士の方とも相談して内容を深めていきたいと思っております。

後日「防災訓練案内」を各世帯に配布致します。その節は、多数の参加を宜しくお願い致します。

~今回の防災訓練の概要~

総戸数(住民票提供のアパート含め)  265戸

【総人口】
  
 男性360名 女性388名 合計748名 二次避難場所の小学校に避難した人数 80名

【避難カード記載者】

 男性172名 女性205名  合計377名  (小学生22名、保護者17名、住民41名)

【行方不明者】    男性143名 女性137名  合計280名


【調査中】      男性 45名 女性 46名  合計 91

以  上   



2015/08/23

第19回千坂校下防災訓練を開催 (一次訓練)

開催日時  平成27年8月23日 (日) 午前7時30分から11時まで
一次避難場所  金市やすらぎ公園
災害想定  午前7時30分にマグニチュード7.2 震度6強の巨大地震発生

日曜日の早朝からの避難訓練でありましたが、7時30分頃から8時頃の間に指定避難場所である金市 やすらぎ公園に多くの住民が避難されました。

安否の確認も班長により実施され集計されました。班長さんは、各家々を廻り、本番さながらに掲示された避難表により調査を致し、迅速に対応ができました。

その後、二次避難場所である千坂小学校へ学童及び保護者と合同で、中山町会長を先頭に向かいました。




その後の千坂小学校の訓練については別投稿でお知らせ致します。



戦後70年、戦時の体験を語りつなごう 第93回荒屋悠々サロン

昨日(8月22日)午後1時30分から、荒屋会館において第93回目の荒屋悠々サロンが開催されました。
昭和20年8月15日、終戦の日から70年過ぎました。安倍首相の談話が発表され、国民の大多数が相応しい内容だったと評価されているところです。
荒屋悠々サロンは、70年を迎えた節目のこの機会に、参加者から戦時中の体験談を聞き、若い世代に戦争の何たるかを伝えることにしました。
体験談の前に、東京大空襲にまつわる童話「ちいちゃんのかげおくり」を中屋暁子スタッフが朗読しました。
「ちいちゃんのかげおくり」を朗読するスタッフ

大空襲の無残さに耳を傾けた
朗読が終わり、体験談を語り合うことになりました。
Aさん
その時は小学生だったが、米軍の飛行機が上空をよこぎるときは土手に身を伏せて飛行機が去るのを待った。金沢でも警戒警報が頻繁に発令された。
父が出征した時、見送りに出たが、もう父は帰ってこれないと思った。でも、終戦間もなく帰還した。
Bさん
富山空襲は、表現が良くないが空が花火のようにきれいだった。
Cさん
大阪から羽咋の親戚の家に疎開した。子供心にも「配給のコメが増えない」と云われ、肩身が狭い思いをした。
Dさん
父が海軍の職業軍人だったので舞鶴に住んでいたが、3歳未満の筈なのに空襲で母の背中におんぶされ薄暗く水たまりのある防空壕に避難した記憶がある。防空壕を出ると煙が立ち込めた風景が浮かぶ。
母から聞いた話だが、昭和19年、父は駆逐艦に乗艦していたが、台湾の高雄に寄港した時、たまたま盲腸炎を発症し、高雄海軍病院に入院した。癒着したため40日間ほど入院した。退院前に駆逐艦が出港し間もなく米軍の潜水艦に攻撃され轟沈。宇出津の実家にいた母に戦死公報が届いたので悲しみにくれたが、入院中で難を逃れて生存がわかった時ほどうれしかったことがない・・・・と。
Eさん
私の主人は上海の中学にいたとき終戦になった。主人の父が上海で会社経営をしていたので、従業員家族に20万円づつ支払い解散したと後で聞いた。当時の20万円と云えば大金だが、主人の分け前は何もなかった。
Fさん
墨塗りの教科書の話しがあったが、私の記憶ではそのようなことがなかった。

余談:今回欠席されたGさんから聞いた話
16歳で海軍に志願して舞鶴鎮守府で勤務した。戦闘機が度々空襲にきた。終戦間近のある日、若干名が福井、七尾、富山に転勤だという話が出て幸運にも七尾部隊勤務に割り当てられた。
仕事は海軍軍需物資の管理。食糧難どころか、お蔭で白い飯がふんだんに食べることができた。
終戦で海軍解散の時、何かほしいものがあれば申し出よと伝達があり、馬1頭もらい志賀の自家に引いて帰って親から大変喜ばれた。

戦後70年といえば、当時20歳だった人は今年で90歳。戦争体験談を聞く機会は間もなくゼロになるだろう。今回の体験談を聞いて、戦争の悲惨さの思いを新たにする良い企画であったと考えます。

お茶タイムは戦時中の思い出をそれぞれが語り始めて大いに盛り上がりました。
唱歌合唱では、金沢望郷歌、鉄道唱歌、夏の思い出等数曲を皆で歌いました。
最後は恒例の「いいね金沢健康体操」で締めくくりとなりました。










訓練j情報 千坂校下防災演習(情報伝達)  荒屋団地町会

千坂校下防災演習に関する情報伝達を致します。    (8時30分現在)


8月23日 7時30分発生の巨大地震発生に伴う 一次避難訓練(まちなか訓練)の情報は以下のとおりでした。

避難場所   金市やすらぎ公園

町会名   荒屋団地町会

居住者数    748名(男 360名  女 388名)
避難人員     男  172 人     女 205    人     合計 377   人
不明者       男   143人    女 137 人  合計 280
その他調査中    91

学童避難訓練数     学童 22人   保護者 17人


二次避難場所(千坂小学校)への移動は、8時30分に 35名が学童と共に公園を出発しました。

以 上